【Audible書評】なぜ、あなたの仕事は終わらないのか スピードは最強の武器である

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目次

1. はじめに

「今日も残業だ」「仕事が終わらない」「また先送りしてしまった」「やりたいことが全然できない」

中島聡の著書『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか』は、こんな日々の悩みを抱える人に向けて書かれた一冊だ。著者は冒頭で次のように書いている。

この本は、「好きなことに思いっきり向き合う」ための時間術の本です。

著者の中島聡氏は、元マイクロソフトのプログラマーで、Windows 95やInternet Explorerなどの開発に携わった。「ドラッグ&ドロップ」や「ダブルクリック」「右クリック」といった、現在では当たり前のパソコン操作の概念を現在の形にした人物として知られている。高校時代からプログラミングに没頭し、大学時代には世界初のパソコン用CAD「CANDY」を開発して学生ながらにして億単位のロイヤルティーを得たという、異色の経歴の持ち主でもある(※)。IT業界において半ば伝説的なエンジニアである彼が、自身の豊富な経験と独自の哲学に基づいて「仕事を終わらせる」ための「スピード仕事術」を説くのが本書だ。
学生時代にソフトで3億円稼いだ話

本書の核となるのは、著者が提唱する「ロケットスタート時間術」だ。これは、仕事に与えられた期間の最初の2割で、仕事全体の8割をほぼ完成させるという、徹底した前倒しの手法である。この圧倒的なスタートダッシュによって「時間的な余裕(スラック)」を生み出し、不測の事態に対応したり、その後の時間を仕事の質を高めるために使ったりすることを可能にする。著者は、この時間術で生まれた余裕を、自分が最も価値を感じる取り組みへと投じることこそが、真のゴールであると力説する。

この手法の背景には、著者が実際に体験した「仕事が終わらない」原因の分析がある。本書は単なる時間管理のテクニック集にとどまらず、著者の半生やマイクロソフト時代のエピソード、そして働くことや、時間に対する哲学が豊富に語られている。悪い表現をすれば、自分語りの自慢話本なのだが、世の中には、聴いていて気持ちの良い自慢話、人生哲学というものもあるのだ。

ITエンジニアとして世界的な成功を収めた中島氏は、最近では投資家としても注目を集めている。2014年にNVIDIA株を購入し、その後200倍の値上がりを享受している。最新刊『メタトレンド投資』では「投資とは推し活である」と語り、CEOの熱量やビジョンを重視する独自の投資哲学を展開。テスラやZoomなど、時代を先取りする企業への投資でも成功を収めている。
米国株なら「中島聡」を真似ろ

私が本書を手に取ったのはAudibleで評価数の多いビジネス書として見つけたからだが、同時に、AIと投資関連の勉強のためにYouTubeを見ていたところ、中島氏がゲストで出演している動画を複数見かけ、その話の内容に興味を持ったことも、本書を選んだ理由の一つだ。

本書の構成は以下の通り。

  • 1章 なぜ、あなたの仕事は終わらないのか
  • 2章 時間を制する者は、世界を制す
  • 3章 「ロケットスタート時間術」はこうして生み出された
  • 4章 今すぐ実践 ロケットスタート時間術
  • 5章 ロケットスタート時間術を自分のものにする
  • 6章 時間を制する者は、人生を制す

2. なぜ、あなたの仕事は終わらないのか

では、なぜ多くの人が「仕事を終わらせる」ことができないのか。著者は、その主な原因を大きく三つに集約している。

  1. 安請け合いしてしまう」 仕事を依頼された際、深く考えずに「やります」「できます」と即答してしまう。実際に仕事に手を付けて、ある程度進めてみなければ、期日までに終わるかどうかを判断できないことも多いにもかかわらず、安請け合いをする。見積もりが甘いまま、安易に引き受けて、期日直前になって「無理でした」という事態を招き、依頼者や仲間の信頼を失うのだ。
  2. ギリギリまでやらない」 「火事場の馬鹿力」や「ラストスパート志向」を信じて、締め切り間際になってから、焦って仕事に取り組んでしまう。しかし、締め切り直前の仕事は、焦りや徹夜による睡眠不足が原因で、集中力が著しく低下し、効率が大幅に落ちる。結果的に、締め切りに間に合わないだけでなく、仕事の質も悪くなることが多い。
  3. 計画の見積もりをしない」 仕事の終盤になってから、当初の計画にはなかった機能の追加や要件変更が思いつきで行われ、全体の進行に支障をきたす。その仕事に必要な機能や要件は、プロジェクトの初期段階で決定しなければならない。

これらの問題の根本にあるのが「スラック」(時間的・心理的な余裕)の不足だ。仕事において「スラック」(時間的・心理的な余裕)を持つことの重要性が、病院経営の事例をもとに説かれている。スラックがない状態が続くと、人は「トンネリング」と呼ばれる状況に陥り、視野が狭まり生産性が低下し、効率的な解決策が見えなくなる悪循環に陥る。

こうした問題の解決策として、著者が提案するのが「ロケットスタート時間術」だ。従来の「ラストスパート志向」の正反対を行く、この手法が本書の核となる。

3. ロケットスタート時間術の仕組みと応用

「2割8割の法則」と「界王拳」

著者が提唱する「ロケットスタート時間術」の核心は、(理論的には)とてもシンプルだ。それは、与えられた期間の最初の2割で、仕事全体の8割を完成させるという手法である。

例えば、10日間の締切が与えられたプロジェクトがあるとする。従来の「ラストスパート志向」の人なら、最初の7〜8日は準備や情報収集に費やし、残り2〜3日で本格的に取り組み始めるかもしれない。しかし、ロケットスタート時間術では、最初の2日間(全体の2割)で、プロジェクト全体の8割に相当する成果物を仕上げてしまう。

この一見非現実的に思える手法がなぜ可能なのか?

鍵となるのは、完璧主義からの脱却と「なんちゃって版」の活用だ。著者は、多くの人が陥りがちな「完璧主義の罠」を指摘する。最初から100点満点を目指すのではなく、まずは80点の「なんちゃって版」を素早く作り上げることで、全体像を把握し、残された時間で品質を向上させていくのだ。

このアプローチが従来の「ラストスパート志向」とどう違うのか。ラストスパート志向には致命的な欠陥がある。予期せぬ問題への対応力の欠如、時間に追われることによる品質の妥協、常に締切に追われる精神的ストレス、そして一つの仕事の遅延が連鎖的に他のスケジュールに影響を与える問題だ。

これに対して、「ロケットスタート時間術」は正反対のアプローチを取る。最初に超集中状態で全力投球する。すると後半は「流し」の時間となり、心理的な余裕が生まれる。この余裕こそが、より良いアイデアや改善案を生み出す土壌となる。

著者は、この超集中状態を『ドラゴンボール』の孫悟空の必殺技「界王拳」に例えて説明している。この比喩は単なる親しみやすさのためではない。「今日は20倍界王拳で行く」という表現は、抽象的な「頑張る」ではない。具体的な集中レベルを設定することを意味し、この表現を自身に使うことで、自分の集中力を客観視しコントロールすることが可能となるのだ。

この状態の時には、メール、電話、会議などあらゆる割り込みを排除する完全なシングルタスクを実践する。集中を妨げる要素を事前に排除し、必要なら短時間の仮眠を取り入れるなど、環境の最適化も重要だ。

ただし、この手法には重要な前提条件がある。この「界王拳」状態は長時間持続できないことだ。しかし、この限界を前提とした設計こそが、かえって現実的で実践可能な手法となっている。まずは最初の2割の期間に過剰集中し、その後はより持続可能なペースで作業を継続する、という設計になっている。

長期プロジェクトへの応用

では、この手法を長期プロジェクトにどう適用するのか。ロケットスタート時間術は、もちろん長期プロジェクトへの応用もできる。著者は、数ヶ月から1年にわたるプロジェクトを効率的に管理するために「仕事を縦に切る」という手法を提案している。

本の編集者の仕事を例にする。本を一冊、企画、執筆、出版するまで1年間かかるとした場合、この出版プロセスを、①原稿執筆(5ヶ月)、②修正・改良(3ヶ月)、③チェック・印刷(4ヶ月)のように、ざっくりと3つに分割する。

次に、この三つをさらに細分化する。①「原稿執筆」の5ヶ月を、50日×3に分割、②「修正・改良」の3ヶ月を、30日×3に分割、③「チェック・印刷」の4ヶ月を約40日×3に分割する。

最終的に、これらの仕事を10日〜2週間程度の小さな仕事にまで切り分ける。そして、それぞれの小タスクに対してロケットスタート時間術を適用するのだ。この手法により、長期プロジェクト特有の「まだ時間がある」という油断を防ぎ、常に短期間での成果物作成を求められるため、集中力を維持しやすくなる。

4. 感想

本書を読んで(聴いて)最も印象に残ったのは、著者の半生記の部分だった。時間管理術そのものについては、他のビジネス書でも語られている「最初にひな型を作る」アプローチと本質的に共通している部分もある。しかし、著者が語ると独自の説得力がある。それは単なる理論ではなく、Windows 95という世界中で使われるソフトウェアの開発現場で実際に使われ、検証されてきた手法だからである。限られた時間の中で膨大なプロジェクトを形にしなければならない極限状況で磨かれた時間管理術には、実証された手法としての重みがある。

特に興味深かったのは、著者の学生時代のエピソードだ。パソコンオタクとして当時の業界状況を(おぼろげながらに)知る身として、彼のCANDY開発エピソードは、とても興味深く読み進めた。私自身は学生時代、プログラミングに憧れてperlで掲示板スクリプトを本の真似をして作った程度の経験しかないが、アセンブル言語でCADソフトを開発することの技術的困難さを考えると、学生時代にそれを成し遂げた中島の才能には素直に羨ましさを感じる。

一方で、本書の最終章には考えさせられる部分もあった。時間術の具体的なノウハウを示した後、本書の最終章では「集中しなきゃいけない仕事なんかするな」という人生論に入っていく。「自分から喜んで残業するほど楽しい仕事」、つまり天職を探そう、という話だ。中島は天職を見つけるための具体的な方法として、自分と異なる情報源を持っている人や、常にアンテナを広く張っている人に話を聞きに行くことを提案している。

しかし、ここには一つの前提条件がある。学生時代にCADソフトで億を稼ぎ、若くしてマイクロソフトの中核プロジェクトを担った彼の場合、「やりたいこと」が最初から「稼げること」「社会的価値のあること」と一致していたという前提がある。この幸運な一致は、多くの人が経験する「好きなことと現実のギャップ」とは根本的に異なる前提条件だ。

最終章の天職論については、率直に言って現実との距離を感じる部分もあるかもしれない。しかし、卓越した実績を持つ人物の人生観として聞く価値は十分にある。結論として、本書では、第一線で活躍してきた技術者の半生、そしてその人生観を一冊で十分に味わえることができた。手法を学ぶ実用書というよりも、一人の傑出した人物の生き様を知る読み物として楽しめる一冊だった。

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