- 書名: お金2.0 新しい経済のルールと生き方
- 著者: 佐藤航陽(さとう かつあき)
- 出版社: 幻冬舎
- 発売日: 2017.11.30
- Audible聴き放題対象作品: 【Audibleの無料体験で聴く】
はじめに:資本主義から価値主義へ
佐藤航陽氏の著書『お金2.0 新しい経済のルールと生き方』は、現代のお金や経済システムに起きている大きな変化を読み解き、これからの時代を展望する一冊だ。
私たちは今、「資本主義」という経済システムの下で生活している。かつてはモノが不足する時代に経済を発展させてきたが、モノがあふれる現代では、格差拡大や市場の歪みが問題視されている。
現代の成熟した資本主義の下では、お金をいかに増やすかが主目的となり、実生活における「役に立つか」「お金になるか」という「有用性」こそが価値とみなされてきた。それに対し、個人の内面的価値や社会的価値は「無価値」として切り捨てられがちであった。
このような資本主義の限界を踏まえ、本書が提唱するのは、テクノロジーの進化と共に台頭しつつある新しい経済のあり方「価値主義」である。価値主義では、お金などの資本に変換される前の「価値」そのものが中心となる。特に、共感、感謝、信頼、評判、幸福感、創造性、社会貢献といった、人間の内面的・社会的な価値が重要視される。
本書の特色は、著者が株式会社メタップスの創業者として、具体的な経験や豊富な事例に基づいた議論を展開している点にある。単なる理論や未来予測にとどまらない、地に足のついたリアリティこそが、本書をベストセラーとした要因の一つだろう。
本書は以下の五章で構成される。
- 第1章 お金の正体
- 第2章 テクノロジーが変えるお金のカタチ
- 第3章 価値主義とは何か?
- 第4章「お金」から解放される生き方
- 第5章 加速する人類の進化
まず第1章では、従来のお金のあり方を歴史的・構造的に振り返る。続く第2章以降では、近年のテクノロジーの急激な進化が、お金と社会の関係をどのように変えつつあるかを解説する。そして最後に、これらの変化がもたらす未来の姿を描き出す。
各章で取り上げられる論点には、私たちが既に耳にし、あるいは体験した内容も多い。しかし本書は、それらを一つのストーリーとして統合し、体系的に整理することで、点と点がつながったときに見えてくる新たな全体像を読者に示してくれる。読み終えたとき、従来の断片的な理解が一つの物語として腑に落ちる読書体験を得ることができた。
現実を動かす3つのベクトル
著者によれば、私たちの現実社会や広義の経済システムには、3つの異なるベクトル(推進力)が並存している。それは「お金」「感情」「テクノロジー」という三つの力であり、これらが相互に影響を及ぼし合い、未来の方向性を決めている。
たとえば国家、自治体、企業、学校、宗教団体、サークルなど、あらゆる組織はそれ自体が小規模な経済システムといえる。そこで資本(お金)だけを追い求めても、メンバーの共感や信頼といった感情が伴わなければ組織は内部から崩壊する。さらに技術基盤が不足すれば、効率的な運営や価値創出は困難となる。逆に三つの推進力がそろえば、組織は安定的に成長・発展し続ける。
1. お金のベクトル
現代の資本主義社会では、「お金」がもっとも強力な推進力だ。お金とは、価値の保存・尺度・交換手段としての役割をもつ。お金は、人々の欲望を喚起し、資金の流れを特定の方向へと誘導する力を持つ。
現代社会では、金融市場を舞台にお金を運用し増やす「金融経済」(資産経済)が、モノやサービスの生産・消費を通じて価値を生む「実体経済」を大きく上回り、肥大化している。実際、流通する資金のうち約9割は金融経済で循環し、実体経済へ回る資金は1割にも満たないと言われている。
私たちの日々の生活では実感しづらいが、金融市場で大口取引を行う少数のプレーヤーが全体の資金循環を支配している状況だ。この偏りによって、市場の不安定性が増している。金融市場は期待と恐怖で乱高下しやすく、その揺れが実体経済にも波及する。
このような課題を持つ資本主義は、リーマンショックの頃からその限界を露呈し始めた、と著者は指摘する。お金を増やすこと自体が目的化し、実際の経済や人々の生活と関係なく、お金だけが動くようになった結果がリーマンショックであり、資本主義の行き詰まりを感じる人々が増えている。
2. 感情のベクトル
「感情」もまた、現実社会や経済システムを動かす重要なベクトルの一つだ。従来の資本主義は、実生活で役立つか、お金になるかという「有用性としての価値」を主に認識してきた。しかし、本書では、個人の内面をポジティブにする愛情や共感、興奮といった「内面的な価値」や、社会全体の持続性を高めるNPO、慈善活動などの「社会的な価値」にも焦点を当てている。
お金にならないけれど価値があることや、精神が高揚する、ワクワクするといったことも含め、こうした内面的な価値や社会的な価値も、テクノロジーを活用することで経済的な価値につなげられる可能性があると著者は言う。
かつては「お金」がパワーの源であり、様々な自由を得るために不可欠だったが、現代では「いいね」や知名度、承認、信用といったものが、状況によってはより高い価値を持つようになっている。「信用さえあれば別に金がなくても呼んでもらえて、食っていけるんだ」(https://logmi.jp/main/skillup/269612)という考え方もその一つだ。
価値主義の社会では、共感や応援、信頼や評判、熱意や貢献といった、お金では直接測れない価値が人々の行動を動かし、経済的な意味を持つようになる。頑張っているYouTuberを応援したり、好きなことに熱中している人を応援するためにお金を払うといった行動が、価値主義の世の中の流行である。人々の内面的な欲望を満たす価値を提供できる人が成功しやすい時代になっている。
本書では、お金儲けそのものよりも、自分や属するコミュニティの価値(信頼・スキル・貢献度など)を高める活動が結果的に富を生むと考えられている。また、「好き」や「熱中」が継続的な努力や深い探求を可能にし、共感や信頼、そして人との繋がりを生み出すことが、お金以上に重要で模倣困難な「資産」となる可能性が高いと強調されている。
3. テクノロジーのベクトル
三つのベクトルの中で、最も社会を揺るがすのはテクノロジーだ、と著者は指摘する。インターネット、ブロックチェーン、そしてAIといった先端技術は、これまでの経済の基盤を根底から揺るがしつつある。
著者は、現在進行中の変化の核心を「仕組みの分散化」にあると述べている。近代社会は、情報や知識が一部の権力者や組織に集中する「情報の非対称性」を前提に成り立ってきた。情報が集まるハブにいる者たちが富や権力を握り、国家や企業が経済をコントロールしてきたのである。
しかしインターネットの普及によって、個人がリアルタイムに膨大な情報へアクセスできるようになった。たとえばNISA制度が導入されてから投資を始めたような個人であっても、企業の決算情報や、分析結果などの投資情報を容易に入手できる。
その結果、プロの投資家であってもインデックス投資(日経平均株価などの指数と連動する投資信託)を安定的に上回るパフォーマンスを維持することが難しくなっている。市場参加者の情報格差が縮小し、参加者全体が同じ土俵で競うなかでは、低コストかつリスク分散に優れるインデックス投資が相対的に有利になるためである。(参考:田端大学 投資学部)
スマートフォンや常時接続ネットワークが当たり前になった今、情報や価値の集中管理は不要になりつつある。ブロックチェーン技術は、まさに中央管理者を介さずに信頼性を担保する分散型ネットワークを象徴する。そして仮想通貨「ビットコイン」は、分散型経済圏の最も成功した例だと言える。
また、本書が強調するのが「自動化」の流れだ。AI(人工知能)が膨大なデータの処理や複雑な判断を担うことで、人間の介在なしに経済活動が進行する可能性が生まれている。そして、この「分散化」と「自動化」という二つの大きな流れが混ざり合った時に生まれる「自律分散」というコンセプトこそが、次世代の成功モデルになると予測している。
テクノロジーは、単に既存の経済を効率化するツールではなく、経済そのものを「作る」対象に変えたと著者は論じている。誰でも低コストで独自の通貨を発行したり、経済圏を設計したりすることが可能になりつつある。ブロックチェーンやAIは、これまで可視化しきれなかった共感や信頼といった多様な「価値」を流通させる基盤となり、「価値主義」社会への移行を強力に後押しする原動力だ。
まとめ:問い直される経済の根幹、そして私たちが築く未来
本書が描くメルカリ(個人間の物品売買)、Uber(相乗り・配車サービス)、Airbnb(空き部屋の貸し借り)といった新しい経済モデルは、実物の所有や雇用を最小限に抑え、Web技術で高速かつ効率的な価値交換を実現するものだ。その拡大スピードとリスク抑制の巧みさは目を見張るが、その一方で「モノづくり」や「雇用創出」といった従来型の実体経済活動を暗に「非効率」と切り捨てているようにも響く。
著者が掲げる「価値主義」自体は、資本主義の限界を指摘する文脈で多くの識者が提起している考え方だ。しかし、内面的・社会的な価値をテクノロジーを用いて可視化し、収益化の可能性を示した点は新鮮だった。ただし、具体例がデジタル上の高速マッチングや資本回転モデルに偏っているため、結局は「速度と効率」を重視する金融論理の延長線上にあるようにも感じられた。
加えて、著者がメタップスの創業者であるという背景を考慮しなくてはならない。本書が描く「価値主義」の恩恵を最も受けやすいのは、テクノロジーを駆使して新しい経済圏を設計できる有能な経営者やクリエイターだけかもれしない。一般的な会社員や非正規労働者には、独自の経済圏を作る才能も経験も運もない。彼らは(そして私もあなたも)、結局は自覚なきまま複数の新しい経済圏に組み込まれていくのだろうとも思う。
さらに、著者は衣食住といった生活必需品が将来的にほぼ無料で提供される世界を前提としているが、現実には住居や食料を安定的に確保するには依然として貨幣経済が不可欠である。「お金になりにくい価値」は趣味やコミュニティの領域で評価され得るが、生活の基盤をどう支えるかという根本的な問いは依然として残る。
そして、新たな経済の先に、私たちは本当に「解放」されるのだろうか。身分制社会の「奴隷」、現代社会の「社畜」といった抑圧の在り方は形を変えながら続いてきた。今度はテクノロジーと新たな「価値」の枠組みによって、自覚なき「家畜」へと取り込まれてしまうのではないか——本書を読み進めるうちに、そんな不安も胸に浮かんできた。
『お金2.0』は、「お金とは何か、価値とは何か」という根源的な問いを改めて突きつける一冊だ。テクノロジーが社会の基盤を揺るがす今、自らが情熱を注ぐ「価値」をどう見出し、いかに社会と分かち合い、未来の経済を形成していくのか。本書は、その思考と行動を促す一冊である。ただし、その楽観的な未来像が誰にとっての「解放」なのかは、読者一人ひとりが慎重に見極める必要がある。
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