【Audible 書評】堀江 貴文『多動力』—おっさん・AI・ネットの三位一体がもたらす“神の国”の預言

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1996年のネット
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  • 書名: 多動力
  • 著者: 堀江 貴文
  • 発売日: 2019年4月(初版: 2017年5月)
  • 出版: 幻冬舎
  • Audible聴き放題対象作品

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目次

sec.01 はじめに。ホリエモンという現象

私のホリエモンのイメージは、ずっと「炎上マーケティングの人」だった。
Audibleで聴いても、その印象は変わらなかった。むしろ想像以上に過激だった。

彼は自身を、カルピスの原液にたとえる。原液たる自身の思想の中核は、切り取られ、薄められ、大衆にとって飲みやすい形へと変容し、世に広まっていく。それで良い、と彼は言う。

自分の思想の劣化クローンがネット上で増殖していく様を喜び、さらに自らの発言で炎上を巻き起こし、それをまた燃料にしていく。

ホリエモンとクローン

普通なら、自分の言葉が歪められて伝わるなんて、嫌悪感を抱くものだ。でも、彼はそれを楽しむ。
この時点で、もう人間の範疇から逸脱している。

「ホリエモンとは、「おっさんという肉体」に宿る「AI的な思考回路」を持ち、「ネットそのもの」と化した存在だ。これはもはや、現代における三位一体と捉えるべき特異な現象なのだろう。

sec.02 水平分業と“越境”の預言【序章まとめ】

多動力とは、「いくつもの異なることを同時にこなす力」のこと。
落ち着きがない、不注意といった要素も含まれ、かつてはマイナスとされたが、今ではそれこそが武器になると著者は言う。

堀江氏は、東大在学中の1996年に起業し、インターネットの可能性を即座に体感した。
ネットはいずれ全産業を横断し、仕事の基幹になると当時から確信していた。
理由は、ネットが「水平分業型モデル」だからだ。

対照的なのが「垂直統合型」だ。テレビ業界はその典型で、番組制作から放送までを自社で担う。リモコンのチャンネル数の少なさが示すように、構造的に寡占が生まれやすく、イノベーションは起こりにくい。

ネットの世界は違う。電話もSNSも動画も電子書籍も、すべてがスマホ上のアプリとして並ぶ。
数年単位でプレイヤーが入れ替わる激しい競争が、ユーザーに最適なサービスをもたらす。

そして今、堀江氏がかつて確信した通り、ネットはあらゆる業界へと浸透している。テレビ、家電、自動車、住宅—そのすべてがネットにつながり始めている。

IOTイラスト

産業が水平分業型へと移行することで、従来の縦の壁は崩壊していく。テレビがネットと接続されれば、それはスマートフォンアプリの一つとなり、電話やSNSと同じ土俵で競い合うことになる。フジテレビの真のライバルは日テレではなく、「恋人からのLINE」になる──本書で堀江氏が語るこの例えが、水平分業型モデルの本質をよく表している。

たとえば自動運転が普及すれば、自動車は「移動するイス」になるかもしれない。そうなれば、自動車業界とインテリア業界のあいだにあった縦の壁もなくなる。

このような時代に求められるのは、既存の業界の枠組みを軽やかに飛び越える「越境者」だ。そして、その越境者にとって最も重要な力こそが、自身の興味や関心に従い、次々と新しいことに挑戦する「多動力」なのである。

sec.03 分刻みの戦略—徹底した時間効率への執着

本書を読むと、ホリエモンがどのような生活を送っているのかがよく理解できる。彼はまさに分単位で毎日を過ごしており、実際に一週間の行動記録までが語られている。それは常人には到底こなせそうにない、驚異的なスケジュール感だ。

にもかかわらず、彼はストレスを溜めない。なぜなら、嫌なことはせず、嫌な人間とも付き合わないという徹底した姿勢を貫いているからだ。たとえば、電話を極端に嫌い、基本的に出ない。「時間」という貴重なリソースを奪う人間に対して、彼は一切容赦しない。

自分にしかできないこと以外は、積極的に他人に任せる。そのための出費を惜しまない。SNSでの対談で、起業当初から確定申告を税理士に依頼していたと語っていたように、彼にとってお金よりも時間が重要なのだ—それは若い頃から一貫している考え方らしい。

sec.04 所有の否定—家なき預言者

彼の「家」に関する考え方も、面白い。

かつて彼は六本木ヒルズに住んでいたが、逮捕され2013年に長野刑務所から出所した際、前科者であることを理由に賃貸契約を拒否された。その時、彼は「だったらもう家なんていらない。これからは“家に住まない人生”を送ろう」と考えたという。

それ以来、彼は世界中を飛び回りながら、ホテル暮らしをしている。
余計なモノは全て断捨離し、持ち物はスーツケース三つに収まる程度だ。

何より彼は、自分の行動原理を徹底している。
生き方そのものがコンテンツ化されている。

sec.05 書籍は“生成される”ものへ

ホリエモンは、毎月のように自著を出す。なぜそんなに書けるのか? 理由はこうだ。ほとんどの本は、インタビュー形式で作られている。編集者とライターが彼の話を10時間ほど聞き、それをまとめて一冊にする。

さらには、そのインタビューすら要らない。原稿のネタは、AIがネット上の過去発言から生成すればいいとまで言う。

2017年当時なら傲慢な妄言に思えた発言も、2025年現在では現実味を帯びている。

いまや、無名の個人でも、月30ドル払えばAIで記事が生成できる時代。
ホリエモンが「金とコネと才能」でやろうとして叩かれていたことを、今は誰でもできる。
世界は、もう彼のビジョンに追いついてしまった。

sec.06 時代の福音を説く者

啓蒙家

引用: PIVOT公式チャンネル BUSINESS SKILL SET 堀江貴文の仕事の流儀

彼は、「旧い価値観」に時間を奪われることをとにかく嫌う。

  • 同じ質問を繰り返す記者
  • 無遠慮に電話をかけてくる人間
  • 論点整理されていない質問を投げてくる聴衆
  • 感想を本人に伝えてくる読者(アマゾンのレビュー欄に書け)
  • 生放送中にスマホをいじっていたら怒り出す出演者(今ここで視聴者とやり取りした方がいいじゃないか)

彼らは、旧約の律法にしがみつくパリサイ人たちだ。

2025年現在、YouTubeのおすすめ欄には、生成AIを語るホリエモンの動画がずらりと並ぶ。
もはや彼は、“AIの福音”を説くエバンジェリストだ。

sec.07 20年越しの告白──「義」とは何か

2005年、時代の寵児であったホリエモンによるフジテレビ買収劇は、当時の社会に大きな衝撃を与えた。その買収を阻止する役割を担ったのが、現・SBIホールディングス代表の北尾吉孝氏だった。
当時、北尾氏は「良識派」として祭り上げられ、ホリエモンは「時代の破壊者」として糾弾された。

しかし、2025年4月7日。
北尾氏は自身のFacebook上で、驚くべき告白をしている。
かつてのフジテレビ買収阻止は誤りであり—

堀江さんが経営していたら、メディアとネットの完全融合がなされ、進化した高収益会社になっていたと確信する。

あの騒動をリアルタイムで見ていた世代にとって、この告白は衝撃以外の何物でもないだろう。20年前の“悪役”は、実は時代の先駆者であり、“正義の味方”だったはずの人物が、その過ちを認めたのだ。

—世界は、想像を遥かに超えるスピードで変貌している。

sec.08 静かなる神の国──ラッパもなく、光もなく

神の国

もはや、ホリエモンがかつて声高に告げていた未来は、誰に告げるでもなく、黙して現実へと姿を変えつつある。

生成AIが日常に溶け込み、「多動力」はあらゆる人に与えられた律法となる。
人々は肩書きを越境し、モノを捨て、合理という神に仕えねばならない。

その生き様は、かつて「異端」とされた預言者の言葉の延長にある。

ホリエモンが見ていたのは、すべてが接続され、透徹された果てに現れる「シンギュラリティの神の国」だったのだろう。

そこでは、アプリが祈りとなり、通知が啓示となる。クラウドの指示に従いながら、人はただ静かに、与えられた最適解に従って暮らしていく。

そして、かつて遠き未来の幻とされた“シンギュラリティ”──人と機械の境が崩れ、意識さえも拡張されるその特異点は、もはや天上の神話ではない。

それは、ラッパの音もなく、光の柱もなく、誰の目にも留まらぬまま、静かに私たちの日常へと侵食を始めている。

—この書を閉じたとき、私は一人の人物を思い出さずにはいられなかった。

二千年以上前のガリラヤの地で、既存の価値観を揺るがす危険思想をふりまき、時の権力によって殺された、あの男のことだ。彼は言った。

時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて、福音を信じなさい。


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